心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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決心=現在と未来と繋ぐ橋

複数の選択肢を許されているが故に、身動きが出来ない場合があると思います。

「どちらでも、好きな方を選んでいいですよ。」 そう言われたとき、
未知なる可能性に賭ける。何となく楽しそう。リスクを計算して。何を理由に選んでもOk!
でも、良いところ取りだけは出来ません。それは反対に、悪いことばかりも無いということです。

自分で「決める」こと。自分の人生、自分で責任を取るという強い気持ち。
それさえあれば、きっと大丈夫。何をどういう理由で選んでも。 

例えば私の場合、最後の一つはどうしても掴んでいたいのです。何か一つ安全パイを握り締めていなければ進めません。きっと、頭のどこかで・・・
「安全パイ=小さいもの」だし、持っていても差し支えないでしょ?
保険をかけならが進むって当然でしょ?という思いがあるんですね。

でも、「安全パイ=小さいもの」だと思っているのは私だけで、実際は、自分を現時点に縛り付けている大きな大きなクサビ@@・・・ということだって有り得ます。一方で、そのクサビのおかげ様、ということも存在します^^

決心=Determination.
De ( ~から、英語のFrom) - Termination(目的地、到着地)


決心とは、辿り着きたいと望んだ場所から(De=From) 行うことです。
心を決めたこの瞬間は現在でもあり、また未来でもあり、決心できたということは、すでに望んだ場所に辿り着けているということなんです^^

ですから、願望を持つ、叶えよう!と決めることは、とても大切です。叶う、叶わないは別として、自分の現時点での欲求に素直になること、それを明確にすること・・・これがスタートだと私は思っています。

例えば「花を咲かせよう!」と決めた時点で花は咲いているも同じ。ただ潜在意識下に、花を咲かすことの恐れ(成功への恐れ)や、自分はそれに値しないという価値観があれば、願った通りにスンナリいかなかったりします。※成功への恐れ(Fears for Success)は、割とポピュラーな深層心理だそうです。

では、潜在意識下にある恐れや自己肯定感の低さを取り除きたい!となりますよね。ただ方法としては、「取り除こう」とすると「取り除けません」。何故なら、全ての自分の感情は大切なものという、この前提に反しているからです。

「恐れ=怖い」「低い自尊感=私なんて」・・・これらも大切な自分の一部だから、取り除こうとしても反発されます、暴れます(^^; 感情にも感情があって、言い分もありますから。

誰でも自分の存在を受け容れられると嬉しいじゃないですか。嬉しいどころではなく、そうでないと生きていけない程の大きな安心感。それが自信となり、本来備えていた輝きや得意な分野、飾らない素の部分が表現されてきます。自分と向き合い、どんな感情も大切に扱う大切さは、この部分と考えます。

存在が認められた表の感情、隠された裏の感情、この2つが統合されたときに、新たな何かが創造されます。例えば、恐れや不安は確信に。憎しみは許しに。寂しさは無償の愛に。それこそが、自分が求めていた魂からの願いや未来に関連するもので、当初の願いや目的が達成されなかったことも合点がゆく瞬間かもしれません。

そう、現時点での願いは、潜在意識下での本当の願いではない可能性もあります。でも、それでいいのです。現時点での願いを知り、必要な気付きやカタルシス(浄化)を経ることが学びである場合は、一足飛びに本当の願いに辿り着けないことが、反対に大切なのです。

「決めた」ことにより、同時に目的地に到着した自分。引き返そうと、手を引っ張る自分。無意識下の攻防です。その攻防から生じる停滞によって自分の内側の感情に向き合えたなら、それも必要な停滞だったということではないでしょうか。

だから、「決め」ましょう。まずは未来へ橋を架けませんか?
一回で上手く行かなくても、それは自然なこと。そして、方向転換も自由だから^^


今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました☆

今日も皆さんにって、楽しく健やかな一日でありますように。

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joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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