心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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受容、統合から創造へ

先日の私の中の男性性から関連します。

この一件があってから、男性性の重要性を感じるようになりました。
男性にとっては自身の持つエネルギーそのものかもしれませんし、もしくは女性の中の男性性かもしれません。人それぞれ、様々だとは思いますが、2009年後半以後の重要なキーワードだと思います。

21世紀は、女性的エネルギーの時代と言われています^^
受容、調和、融合。
直線というよりは、円、循環。
流れてゆくこと、溶けあうこと。
そして、安心。

そんなにがんばらなくていいんだ。緊張しなくていいんだ。責められることはないんだ。いつでも今の私で大丈夫なんだ・・・・そんな安心と安全を感じられる世界でしょうか。

でも、例えば、受容、調和。
優しさだけでは、自分も他者も受け容れることは難しい。
胆力、責任感、懐の深さ、という一見男性的と思える要素を持ち得てこそ、初めて受け容れられるものだと思います。これからは女性的エネルギーと謳うなら、対極の、そして同時に存在する男性的エネルギーも受け容れる必要があるのでしょう。

このように受容とは統合であって、それが創造に繋がっていきます。

男性が、自身の女性性を認め、
女性が、自身の男性性を認め、
陰陽和合するとき、新しい何かが生まれます。何かを生み出す活力が湧いてきます。私の中で、あなたの中で。それは周囲の変化、ひいては社会の変化さえ創造するかもしれません。
多くの女性は時代の恩恵もあって(雇用均等法実施など)、自身の男性性を経験する機会がありました。また結婚や出産というターニングポイントもあり、比較的女性の方が自分を統合してこれたのだと思います。社会における女性の台頭も、ここが起因しているのかもしれません。

しかし、30代の知事、市長の誕生や草食男子など、男性側にも目に見えて変化が起きています^^幸せであってもイライラであっても波動は伝染しますから、周囲がこうだったら、社会がこうだったらと感じるなら、まず自分がそのようになっていくことが大切。途中バランスを取るために、落ちたり上がったりすることはあっても、やはり受容し合う、認め合う世界になっていくのではないかな?というのが私の個人的な仮説です。


あなたが(男性)が、男らしさのために排除したパーツって何でしょうか?
弱音を吐くこと?
泣くこと?
笑うこと?
感情的になること?
感情豊かであること?
愛を注ぐこと? etc etc etc etc...

あなたが(女性)が、女性らしさのために排除したパーツってありますか?
意志の強さ?
責任感?
太っ腹?
仕事をガンガンすること?
沈黙を守ること?
リーダーシップ?
etc etc etc etc....  ボキャブラリーと想像力の欠如は許して下さい。

男性性・女性性に限らず、多くの場合、好きで排除したものではなかったと思います。排除せざるを得なかった背景があったのではないでしょうか。。もしそれらが痛みや悲しみであり、二度と感じたくないために排除したものであっても、どうぞもう一度慈しんでみて下さればと思います。

そして、丸ごと「私」でいってみましょう。皆、それぞれ。 難しいと感じる時もありますけど^^;

また、もし周囲の方で、
「自分の、この部分を否定しているのかな?」と思う人が傍にいたら・・・その部分をそっと認めてあげたら、その人はきっと嬉しいんじゃないのかな、と思います^^


今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました☆

今日も、皆さんのすべてが輝く一日でありますように。

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joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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