心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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法則 ~ Rule or Principle ?

近年、自己啓発、ビジネス、メンタル分野において、この言葉がよく使われるようになってきました 「法則」。

「法則」は英語で、Law, Rule, Principle。

前者 2つには、 法律、規則や秩序、自然の摂理の意味があります。
後者1つは、自律した人間が持てる信条と言えます。
では、前者と後者の違いは何だと思われますか?日本語で言う「法則」が、この2つに分かれる境界線はどこでしょうか?私はこう考えました。

そこに意志があるか、ないか。

最近つとに思うことがあるんです。人間の意識の力は何て大きいのだろうと。
生み出すことが出来る。簡単に壊すことも出来る。誰かに対する思いも確実に届いています。目に見えないだけで、そして送り手と受け手が意識していないだけで。

ですから、人間の生きる道にこの「法則」を照らし合わせたとき、後者の解釈が正しいとばかり思っていました。しかし最近になって、ルドルフ・シュタイナーを読んでいく内に、この2つは「両輪」であると考え方が変わりました。

Rule or Principle ではなく、
Rule AND Principle ! !


自分の意識が現実を創り上げているという理論の元、潜在意識の活用法など様々な手法や考え方が世の中に出ています。しかし宇宙、自然、天上界の厳然たる摂理があり、人間の意識も上に書いたように、物事を動かす大きなうねりとなります。そして天上の介入や加護があるのも、また事実。全てが、人間が予測する通りに行くものではありません。どれだけ意志が強く、プロセスを完璧に踏襲していたとしても、ストップがかかる時はかかります。

そういった規則、法律、秩序に私たち人間は畏敬の念を持ち、敬意を払い、それらに従うという側面・・・「厳しさ(結局は、それが愛)」が存在しているというのがシュタイナーの教えです。そしてその意識を持ち得てこその自己実現であり願望成就であると。

敬意を払うの対象は、宇宙、自然へだけでなく周囲の人達に対しても同じ、とシュタイナーは言います。これは自分が自分に対し敬意を持っていないと、まず出来ないことです(これがとても難しい)。ここでも、自分の内側を見つめる、そのまま受け入れて自分を認めてあげることの大切さが迫ってきます。

もちろん翻訳文なのですが、随所に「敬意を払う」という言葉が出てきます。コミュニケーションにおいて堅苦しく、みずくさい関係性をつい想像してしまいますが、これは現在の日本の社会の中で、置き去りにされてしまった大切な視点かもしれません。

また加えるなら、「成就」を意識した時点で先に進むことは妨げられ、忍耐と「努力すること」自体に喜びを見出すことだと書かれています。「成功への愛ではなく」「努力への愛」。まさしく、「今ここ」の意識ですね。

シュタイナーの云わんとするところは、本当に本当に難しいです。
最初は読もうとすると眠くなって、なかなか読み進められませんでした(^^;; ただ、「思い通りの人生が生きれますよ」「自分が自分の現実を作っていますよ」という真実(これも、真実だと思います。)に、完全に頷けなかった私に、方向性を指し示してくれた大切な一冊となりました。

そもそも、人生=人が生きること(Live リブ)自体が、ライブ(Live)で予期しないことだらけ。
そして時として霊的な介入が存在する以上、法則とは機械的に機能することではないと、私は自分の思いを新たにできたように思います^^

あと印象に残ったのは「自然と美しいものを魂の養分とせよ」という一節。
日常的に自然と接することが難しい環境にいるのなら、美しい言葉、文章、叙事詩、音楽、色彩に接しなさいと。

本書中では、ヴァガバッド・ギータ(古代ヒンズーの聖典)やヨハネの福音書という例でしたが(またこれもスゴイ例だ・・・)、日本国内のものでも、例えば谷川俊太郎さんの詩、万葉集や百人一首、飛鳥時代の世界最古の木造建築(法隆寺)、四季折々の花・・・も素晴らしい題材になると思います。美しいものは、その存在だけで、接する人の本来備えている精神性や神性を引き出しますから。。。

いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか (ちくま学芸文庫)いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか (ちくま学芸文庫)
(2001/10)
ルドルフ シュタイナー

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今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございます☆

今日も皆さんにとって、楽しく健やかな一日でありますように。

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joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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