心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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Mysterious Journey 1

阿修羅展から、自分でも思いもよらぬ方向へ導かれたり、昔好きだったことがムクムクと蘇ったりと、何やら賑やかな毎日を過ごしています^^ 今思えば、せっかく行くのだからと、興福寺の由来などを調べたことが始まりでした。

興福寺は、藤原氏の祖、藤原(中臣)鎌足の病回復祈願のために、夫人の鏡大王が山階(やましな、現在の京都市山科区)に建立した山階寺が起源です。その後平城遷都(710年)にともない、藤原鎌足の子、不比等により現在地に移されて「興福寺」と名づけられました。また土器や竪穴住居跡が発掘され鎌足の邸宅があったとも言われる中臣遺跡一帯(これも山科、今は遺跡碑があるのみ)は、私の育ったすぐ近くなのです。

うわ、ご縁があるお寺だったのだわ♪と驚いたのと同時に、私は中学生の頃、やたら飛鳥、奈良時代が好きだったのを思い出しました。大化の改新、天智天皇、天武天皇、額田王(前述の鏡大王の妹御とも言われています、定かではないようですが)、聖武天皇、光明皇后・・・。

同じく中学生の頃だったか、額田王のスペシャルドラマがあって食いつくように観ました(笑)有名な相聞歌にもあるように彼女と天智天皇、天武天皇とのロマンスに関するシーンも多々あって、当事の私にはいささか刺激的で(爆)、でも額田王役の岩下志麻さんがとても素敵だったのを覚えています^^ 私は紫色が大好きなのですが、恐らく、当時彼女に魅かれた影響が大きい。

「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」 額田王 
万葉集 第1巻20

murasaki ajisai

これをきっかけに、少しづつ寺社仏閣を参拝させて頂きたいと思います^^
先日はさっそく、東京・新橋にある烏森神社へ行って参りました。その日、「鎮魂」という言葉が浮かび、そこから繋がったのが天鈿女命(あまのうづめのみこと、天岩戸に天照大神がお隠れになったときに、何とか出てきて頂こうと岩戸の前で踊った女神様です。)で、ここ烏森神社の御祭神であらせられました。

JR新橋駅烏森口から、ニュー新橋ビル沿いに烏森通りを歩いていくとすぐでした。

karasumaru shraine

都会のド真ん中の神社ですが、たくさんの方が手を合わせていらっしゃいました。

komainu-sama

狛犬様です。怒りの表情?(^^;) いえ、きっと私たちを叱咤激励して下さっています。「怒りを、気持ちを溜めるな」と。一歩外に出ると(通りに戻ると)、これから飲むぞ~~☆☆!という人たちで揉みくちゃなのに、この一角は清涼な空気が漂っていました。

縁起は、平将門の朝廷に対する叛乱の際に、藤原秀郷が戦勝を祈願したことだそうです。結果平将門は討伐されました。平定=鎮魂なのでしょうか・・・必ずしもイコールではないのだろうけど。

こちらも次回に続きます♪


最後まで読んで下さってありがとうございました☆

明日も皆さんにとって、楽しく健やかな一日でありますように。

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コメント
いいですね~私も幼い頃から神社やお寺に行くのが大好きです。

烏森神社は6月30日「夏越の大祓」茅の輪くぐり!というか、神社は全部そうですね(^^;
行ってみようかな~~♪

新橋といえば、新正堂の切腹最中が有名ですね。ご存知ですか?
一度いただいたことがありますが衝撃でしたね・・・(もちろん美味ですよ)

2009/06/15(月) 15:08 | URL | むめみつき #-[ 編集]
偶然です!
むめみつきさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
夏越しの大祓い、私も行ってみたいです!30日は平日なので、27、28日くらいで行こうかな~。

切腹最中について教えて下さってありがとうございました。餡がスゴ・・・でも美味しそうですね。今度チャレンジしてみよう♪

新正堂さん、忠臣蔵に関係する老舗のお店だったのですね。実は今、京都に帰っておりまして、本日大石内蔵助縁の大石神社に参拝したばかりなんです。まぁ毎年行っていますが。偶然にオドロキました!
2009/06/15(月) 22:21 | URL | joyce #-[ 編集]
ほほぉ~(^^;こりゃまた偶然ですね~
切腹最中はなにか失態をしでかしたときのお使い物に便利ですよ。
なにしろ「詰め腹を切ってきました」とか
「切腹の最中(さいちゅう)です。だからどうかひとつ・・・」という意味で使えますからね。

大石神社ということは山科ですよね。私も10日ほど前に京都に行ってきました(爆)
2009/06/15(月) 23:25 | URL | むめみつき #-[ 編集]
むめみつきさん、

鞍馬など、たくさん巡られたんですよね^^京都に限らず、寺社仏閣は訪れれば訪れるほど奥の深さを感じますね~。
2009/06/16(火) 06:12 | URL | joyce #-[ 編集]
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joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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