心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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続・今、ここ~Now Here 

今、ここ。引き続き書いてみます。

今、ここ=Now Here, Nowhere という言葉のエネルギーによって、過去と未来に意識が引っ張られやすいのかもしれませんね^^; もしくは、一瞬を感じて生きることの大切さを教えるために、神様がNowhereとしての領域を作られたのでは?と今感じております(私に対してだけかしら><)。

今この一瞬を楽しむ・・・この「楽しむ」という言葉が私にとってはクセモノで、一種の強迫観念があったようです。「楽しめない私は、つまらない人間」という気持ちが奥底にありました。今でも全く無いわけではないですね^^; う~ん、つまらない人だと思われ、去られることへの恐怖心、不安が常にあったんですねぇ。

このようなとき、何が現実になるかというと、私の場合は「恐怖心や不安感」ですね。心の奥底にある思いが現実になるからです。劣等感を感じさせる出会いや、自分を尊重してくれない相手との出会い(恋愛だけでなく、友人、職場など)が引き寄せられますから、また状況を好転させるために、がんばって楽しんで、また・・・を繰り返していました。

途中が長くなりましたが、完全に、私の意識は、未来に起きることの恐怖と不安で一杯で、今ここ、の時点は完全に真っ白状態。まさしく、Nowhere!

今ここに、いるだけで満足・・・そんな状態はどうやって?と、グルグルしていた時に(最近です)出会ったのがこの本です。友人から借りたアミ 小さな宇宙人がきっかけで、同じ著者ということで読んでみました。

ツインソウル―なんのために双子の魂はめぐり逢うのか (5次元文庫)ツインソウル―なんのために双子の魂はめぐり逢うのか (5次元文庫)
(2008/01/10)
エンリケ バリオス

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題名は「ツインソウル」でも、さほどファンタジーな内容ではありません(笑)。
”ツインソウル”が題材だと、過去世から定められている永遠で完璧な愛、それは、今始まった愛でなく、死して終わる愛でもない、という壮大な魂の物語が一般的ですが、この本はロマン性を極力抑えているところが返って良かったです^^ この地球上に肉体を持って生を賜った私たちが生きるということについて現実的な言葉で綴られています。小説仕立てなので、読みやすいのではないでしょうか^^ 一部抜粋します。


「人生の中で愛情や喜びを味わったときだけ、幸福になれるというわけではないわ、ルーカス。人生の宝物は痛みの中にもあるし、自分が望む安心や慰めが得られなくても、宝物を手に入れることは可能なの。」

「それが、甘い経験でも、苦いものでも、ルーカス、幸福とは命のまほうに触れることなの。泣いていても笑っていても経験でも、不安でも穏やかでも、精一杯生き、すべてを感じる瞬間が幸せというものなの。」

「ルーカス、そんな心配はしないで。人生で大切なのは幸せでいるということよ。何でも知っている必要なんてないわ。」


ここには、痛みを感じている時でさえ、楽しみであり幸せであると書かれています。ただこれは、輪廻転生を繰り返す魂のスパンで見た場合です。痛み・・・出来るならば感じたくありません。感情が永久に消えてしまような凍りつくような憎しみ・・・これも願わくば経験したくありません。でも、「すべてを感じる瞬間が幸せというものよ、そしてそれが人間の成長なの」と、この本は説きます。でも、ふと冷静に考えれば当たり前のこと、ですね。

逃げていたかもしれないです。私はいろんな事から。
当時は疲弊して、向き合う力は残っていなかったのかもしれない。
でも、この記事を書きながら、ふとそう思いました。

楽しむということは、ワクワク、ウキウキするだけでない。痛みも甘さも、旨味もズルさも(^^;)すべて感じることが楽しむということ。そして、それが生きている喜びとなっていくのでしょう。プラスとマイナス、ポジティプとネガティブ、楽観と悲観。光に闇が混ざり、それで人生のコクが出るのだと思います。そしていずれにせよ、どちらかに大きく傾けば、バランスを取る力が働き、振り子のように大きく反対側に揺れるのも自然の流れだと思います。


Enjoy、楽しむ =
En Joy・・・喜びのあるところ、喜びの中で、喜びと共に^^

(Enは、フランス語の前置詞で場所を表します)



今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました☆ 
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joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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