心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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怒りは天使

「感情の蓋」と言われる、怒り。

心の中に押さえ込んでいたり、二度と思い出したくないものだったり、又は「乗り越えよう」とバネにするような出来事だったり・・・これらが表に出ないよう蓋をしているのが、怒りです。見ないように感じないように逸らす役目をしている感情でもあり、自己防衛する感情でもあります。

感情的にならず相手に思いを伝えることも大切ですが、人間は生々しい生き物です。ですから、個人的には怒りで以って、相手に気持ちを伝える時があってもいいんだと思っています。ロボットではないですから。怒りを嫌わないで欲しいです^^ 溜め込み過ぎず、遠慮せず、早い段階で怒りを出せればコミュニケーションも変わってくると思います。

怒り過ぎてしまう人。
怒れない人。
怒りの感情を押し殺す人。忘却してしまう人。

以前も書きましたが私自身が怒れない人、怒りを溜める人なので、自身の学びと共に(これが非常に根深い^^;)、怒りに関する知識とそこから解放と前進に向かうプロセスを自分なりに体系化できればいいなと考えています。誰の中にもある男性性及び女性性、この両方の調和も、怒りとの関連は非常に大きいものです。

怒りや不機嫌さが大好きって方はそうそういないと思いますが、これらの態度は、やはり嫌われ役でしょう。個性を尊ぶより、和を乱さないことを由(よ)しとする文化の日本では、怒りは出さないもの、押し殺すものという概念が今も大きいのではないかと思います。と言うより、出すことを許されなかった、とした方が正しいかもしれません。

又、怒りに限らず、憎しみ、恨み、深い悲しみ。
近代日本に於いて確実に存在する重い歴史があります。第二次世界大戦、Japan Miracle と言われた高度経済成長、昭和バブル崩壊、リーマンショック、12年連続自殺者3万人超。

時の流れと共に連鎖した怒り。新たに生まれる怒り。
怒りが火や熱、燃えるものなら、そしてそれが余剰なら、バランスを取るためににどうしても鎮めるものが必要になります。私はこの冬から春、異常とも言える程長引いた低温は、ここに関係しているこころが大きいと思っています。

しかし「燃えるもの」「火」とは、一方で掛け替えのないものです。
日常生活は今、ガス・電気になっていますが、原型の火があってこそ日々の生活が成り立ちます。また、火は浄化であり、自身を燃えつくし再生する不死鳥の如く、人が立ち上がる原動力です。更には、神への燃えるような愛に包まれていることから、天使とは炎の精霊とも言われます。

天使  Angel
怒り  Anger

最後の一文字が異なるだけで、意味も発音も極めて異なるところが不思議ですが、それでも「怒りは天使」だと私は思います。怒りを感じるとき、その蓋の下の感情があります。それに顔を出してもらうことって、決して簡単ではないと思うんです。それは即ち、蓋をせざるを得なかった記憶とその当時の感情に対峙することに他ならないからです。

ただそのタイミング(怒りを感じる)の時、対峙する必要性と苦しさとの決別を促し支えるために、怒りの姿を借りた天使が寄り添ってくれています。怒りがあるとき、そこには天使がいます。あなただけの為に。新たなあなたへの一歩の為に。怒りは感じても大丈夫なのです。



今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。

今日も皆さんにとって、その一瞬が掛け替えのない一日でありますように。





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コメント
怒りは天使…なるほどです。そこに『怒り』を見たとしても、『それ』を通して幸せに繋がるように天使の導きがあるのだと思えたら、魂は成長に向うのかもしれないですね。
2010/07/12(月) 10:13 | URL | さちぽざ #G9L9pAzw[ 編集]
さちぽささん、こんばんは^^
いつも有難うございます。

はい、実は私自身がとてつもなく怒りを溜めていた人間だったことに気が付いて、徐々にですが怒りを身近に感じるようになりました。

>魂は成長に向かうのかもしれないですね。

私も深く頷いてしまいました。激しい怒りで蓋をされているのは、きっと、思い出したくない、見たくない、過去を恨む・・・そんな感情ではないかと思いますし、それが魂の学びなら必ず天使はそこにいてくれるように思います。

>『それ』を通して幸せに繋がるように・・・

そう心から信じたい。信じ切りたいですね。

2010/07/12(月) 21:55 | URL | joyce #-[ 編集]
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プロフィール

joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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