心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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均衡を保つことについて

「統合」や「調和」。
自分の光と闇、長所と短所、過去と未来など、それぞれをイメージングし、左手と右手にそれぞれを乗せて静かに合わせる・・・。このように対極のものを統合、調和させる心理ワークがあります。かねてから書いている通り、ネガティブなパートもあって「一つ」です。その「一つ」や「一つ」が存在する今が揺らいでいるために、過去への後悔(過去の感情の未完)や未来への不安(未来は今現在の思いで作られるため)が先立っている場合などに有効なワークです。

このワークでは、イメージングされたものを視覚、嗅覚、触覚など五感から多角的に質問していき(どんな形、色ですか? 匂いは? 触った感触は?)そのイメージを膨らませて頂いて、潜在的にはずっと存在するその方の本質や、今ある問題を紐解いてゆくきっかけなどを、ご自身で気づき認識して頂くものです。

しかし、現在は結論には至っていませんが、私は「統合」「調和」よりも「均衡」「バランス」を主要として考察していきたいと思っています。陰陽和合=創造のように、対極のものが和して生まれるものは確かにあります。しかし、その生まれるプロセスは、私達の関与するところではないように思うからです。

私達が実践すべきところは、均衡(バランス)までではないでしょうか。
均衡を保つとは、対極のどちらの存在も認めることであり、存在を保持し続けることです。必要であれば、その後、何かが創造される運びとなるのでしょう。それは「自ら然るべく」で私たち一人ひとりの内なる叡智が、最適な方法で最適なものを各人に創造してくれるものです。よって統合、調和後の「何か」を知ることを目的にする必要はない筈なのです。

もしくはどちらの存在も受け容れ、かつ明瞭に認識できたとき、同時にその「何か」は自ずと理解(確信)されるという事なのかもしれません。

このように、善だけを求め、悪を排除することではなく、両方の存在が必要であること。且つその均衡(バランス)を保つことが大切だということを、私はルドルフ・シュタイナーの著書から学びました。

「バランスを保つ」という表現からは、50%50%という完全な比率をすぐさま想像するかもしれません。しかし、比率とは、その方それぞれであって然るべきものだと思います。その方の本質や、今世の役割、課題によって、30%70%など数字上では偏りある比率が、その方のベスト・バランスであることは大いにあり得ます。

そして、統合し調和させ、新たなものの創造や発見を目的とする意識の底に、ネガティブな部分を消去させたい気持ちが存在しているなら、その結果創造されるものは、少なからず、そして引き続きそのネガティブを付加したものであろうかと思います。

潜在意識の性質の一つとして、労力、及び時間を割いていること(反復して思考、行動されているもの)を、その人の重要と判断するところがあります。良し悪しや主語、時間の概念は潜在意識にはありません。よってその人が忌み嫌い、または恐れ、排除しようと常に思っている部分が、潜在意識に「重要」だとスタンプされ、重要なのだからと、それが再度姿を現すこととなるのです。

これは今回の「統合」「調和」の観点だけでなく、解決策や結論を追い求めても見つからない場合の、何らかの答えにはなっていないでしょうか。上述のワークも最大の目的は、統合することではなく(実際に統合の作業をしても)、対極の存在とも自らに受容することにあるのだと思います。


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こうした「どちらかへ行こうとしない」「どちらかを排除しようとしない」考えについて、最も納得いけるよう書かれてあるのがこの著者だと思います。ただ、これは実際は難しい場合もあり、私などは「排除しようとしない、と分かっていても、そんなことは無理だろと思う自分」の存在を認めればいいのかな、と思っています^^;

悪の秘儀―アーリマンとルシファー (シュタイナー天使学シリーズ)悪の秘儀―アーリマンとルシファー (シュタイナー天使学シリーズ)
(1995/11)
ルドルフ シュタイナー

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それでも、ルシファーとアーリマンが相対し、その中央に位置するのがキリストという考えから(本書冒頭では、ルシファーとアーリマン、それぞれの性質について分かり易く説明されていますが)、ここで伝えようとされる均衡の本質は、共に、霊的な意味でのルシファー、アーリマン、キリストの理解を深めることに繋がります。宗教色が有ると言えば有るので、抵抗を感じる方もおられるかもしれません。宗教と言うより、信仰に近いのかもしれませんが。。。しかし本書ではネガティブな部分どころか、驚くような部分でさえ人間の心身にとって必要だとし、この部分を読めば、綺麗なものだけ(片側だけ)を追い求める危険性がよく分かるものと思います。

私は勿論ドイツ語は門外漢ですが、これら著書はシュタイナーの記述を忠実に邦訳されているものと感じます。そのお陰で、シュタイナーの哲学、精神科学、宇宙観を、彼の温度そのままに理解することが可能な環境に恵まれています。これは私にとって、限りなく有り難いことです。

シュタイナーに始めて出会ったのは10年前・・・当時あまりの難解さにギブアップし、今また少しずつ読み進めている次第ですが、難解である理由の一つには、シュタイナーの記述している内容は、彼の知識、才能、天性、気質に因ると言うよりは、霊界や宇宙の摂理、年代記など、これらは現在の3次元の表現では賄えないものだからだと思います。加えて、何より思考や知覚の重要性を繰り返し説くシュタイナーからの親心なのかもしれません。

ルシファーが何故、一般には堕天使、サタンと称されて伝播されたのか(事実は、これらの存在とはまったく異ります)、そして一般的に悪の存在とされるアーリマンが金の存在であるキリストを形作るために必要なのか。など私も分かりそうで、まだまだ理解できなくてという内容です。そして、ルシファー、キリスト、アーリマンの3体は、他の著書でも多く見られる存在で、本書は意外とシュタイナー入門としても有益で楽しめる一冊なのではないでしょうか。

ただ本書、アマゾンレビューにもある通り、圧倒的にタイトルが悪いです^^;
私は電車の中でカバー無しで読んでいる時、ギョっとした面持ちの方の視線を感じたことが5回ほどあります(笑)このタイトル、やはりビックリしますよねぇ。次回メルマガも、シュタイナー理論を若干入れた内容にしています。少々お待ち頂けますようお願いいたします m(_ _)m


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。

今日も皆さんのかけがえのない勇気が、大切な誰かに届く一日でありますように。






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コメント
こんばんは
この15日から久しぶりに働きだしまして、久々に訪問しました。
50:50でなくてもいい、ベストバランスは個人で違う、と言ってもらえると、ホッとします。善や正義の塊でありたいと思っても、ポジティブでありたいと願っても、なかなかそうはいきませんから…。
ちょうどそんな自分の性格(性質?)について、ブログに書いたところでした(^-^)
2010/02/28(日) 01:27 | URL | 通りすがりの朱雀 #-[ 編集]
お久しぶりです♪
朱雀さま、

こんばんは!コメントありがとうございます。お元気でいらっしゃいましたか?
15日からお仕事再開されたのですね。それそろ半月が過ぎて、新しい環境にも徐々になじまれてきた頃でしょうか。ゆっくりがんばっていって下さいね^^

ほっとした・・・そのようにご感想を頂けて私も安心しました。
その人それぞれの特質があるので、どちらかに偏りがあってもそれが個性だったり、その時々で必要なバランスではないのかなぁ、と思います。でも、私も現状のバランスを嫌って何とかしようと切羽詰まることもしょっちゅうです^^;

ブログ、お邪魔させて頂ますね~^^
2010/03/01(月) 09:34 | URL | joyce (ジョイス) #-[ 編集]
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プロフィール

joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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