心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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風上に立て

「カッコいい」、漢字だと「格好良い」

かなり浸透度が高い言葉ですよね^^

しかしその平易な表現とは裏腹に、内包しているエネルギーは極めて複雑なような気がします。純粋な顔立ちや骨格だけでなく、内面から滲み出る生き様、これまでの経験、形容し難い何か。そういった物がない交ぜになって醸し出るのが「カッコ良さ」・・・でしょうか^^; 

またそんな理屈こねずとも、生きていること、重ねていること、続けていること。
それがそのまま、カッコ良さ?

だから「カッコ悪いこと」が「カッコ良い」。こんな捉え方もあるのかもしれません。
そしてその中身は勿論それぞれ。定義もそれぞれ。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・


先日、東京・上野でのボルゲーゼ美術館展に行ってきまして、ルネサンスからバロック期にかけての第一級作品の数々に圧倒されてきました。この日は、リンクでもいつも御世話になっているスージーさんとご一緒させて頂きました。

スージーさんは在英期間も長く、また実際にボルゲーゼ美術館にも足を運ばれたそうで、たくさんのお話を伺いながらの充実した時間でした。またこの美術館展に関しては書きたいと思います。もう一回くらい行くかもしれません。4月4日まで開催されてますよ~。

私は今回の出展作品に関しては、ラファエッロより、カラバッジョでしたね。ラファエッロと言えば『サン・シストの聖母』など数々の聖母子図で大好きな画家です。誰かの手によって大幅に筆を加えられていた『一角獣を抱く貴婦人』のミステリーは、想像力を掻き立ててくれました。しかしカラバッジョの『洗礼者ヨハネ』は、これら美術品のコレクターであり芸術家達の大庇護家であったボルゲーゼ枢機卿とのエピソードを含め、大変に胸を衝かれました。

頂点を極めた芸術家たちのエネルギーに当てられてしまったのか、少々疲れを感じた鑑賞後。何故だか思い切り身体を動かしたくなったものの、この日はあいにくの冷たい雨。この天候で走るのはなぁ・・・と思案してるとヒラメイタのが「カラオケだ!!」(笑)

かくして、人生初のひとりカラオケへ。

3時間一人で歌ってきました! いや~、歌えるものです(笑)
・・・何してるの?と遠い目をされそうですが、楽しかったですよ!!

普段歌うのはメロディアス、バラード系が多いのですが、この日は何たって一人! という訳で、アップテンポ、ハードロックもガンガン歌いました。おかげで予想通り!スッキリ爽快で帰途についたわけです(大雨のなかでしたが^^;)

今年の私の野望!の一つとしては、マライヤ・キャリーの『Can't let go 』を歌えるようになること。はい、身の丈を知らない壮大な野望です。そしてこの日、歌っていて大変に気持ちよかったのがこの曲でした。私としても意外な選曲でしたが、この方のカッコ良さを改めて認識、そして琴線に響いた歌詞。


「風上に立つのさ。お前の全部、晒せよ」
「闘ってみせろよ。お前の値打ち、晒せよ」




この日のライブ(両国国技館)行きました♪

そうだ!風上に立とう!!


My favourite として最近は米倉利紀さんばかりを書いてきましたが、この方の曲も深い!『モニカ』からずっとファンですが、誰しもが持つ生きていく上での欲求。自己存在を示すための欲望。正直に、こんなストレートでもいいの?と心配になるくらい飾らない言葉で、かつ独特のアクションで歌い上げてくれる。第1チャクラが弱いときは是非!!めちゃめちゃ効きますよ! この曲は特に「引きずりおろしてやろう、地上まで」という歌詞も含まれていますから^^

一方、バラードも名曲が多くストレートで届きすぎる歌詞もあります。"ガラスの割れた気持ちを知れば、深い椅子に座れない。もう二度と"(初期の曲ですが、『innocent sky』より)

そして結論は、キッカワは年齢を重ねてますますカッコ良い!!
そして音楽は、いつも素晴らしい。



今日も最後まで読んで下さりありがとうございました。

今日も皆さんにとって楽しく健やかな一日でありますように。





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joyce (ジョイス)

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人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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