心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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忠実に正直であるということ

「自分の気持ちに正直に」
これは、しているつもりで、実は中々していないことだと思います。

"Be dutiful"
一字違いにはなりますが、これを繋げると "Beautiful"となり、美しさ、美しいものという意味になります。この様に、人の生きている過程で何が美しいかと言うと、その方の生き様、個性。その方の、その時々の思いの丈が刻み付けられた経験の一つひとつ。良いことも悪いことも、善きことも偽善も、光り輝いた時も異臭を放った時も、それらの一つひとつで、その方の「一つ」であり個性である・・・それが、私が信じているところです。

即ち、その方の人生、命。今この瞬間にも、命が息付いていること。
特に意識せずとも、身体の器官や細胞が命の一瞬一瞬に働いていることや、その一方で、人が明確に、ゆるぎない願いと意志を持って生きようとすることも美しさではないでしょうか。この世のどんな宝石の輝きをも凌駕し、または比べるまでもない、圧倒的な美しさだと私は思います。

また、"Dutiful"は、「忠実に」よりも「義務」「義務感が強い」というニュアンスに近いのかもしれません。しかし、私は自分に忠実にいることは義務だと思っています。でもこれは、必ずしも行動を指しているのではありません。


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ここで冒頭に戻りますが、「自分の”気持ち”に正直に、忠実に」。これは、その通りに行動するという事とは完全に異なります。現実問題として、自分の思いのままに行動したくとも出来ないことは多いでしょう。また、実際に行動したら、とんでもないことを引き起こすケースもあるかと思います。ただそこで、大切な気持ちに背を向けてしまうのではなく、自分の思いは思いのままで受け止めること、理解すること、受け容れることが大切になってきます。

これは私の現在の持論ですが、
「思っていけないことは無い。しかし、してはならないことは厳然と存在する」という考えですが、気持ちに蓋をし背き続けるから、抑えきれず爆発して突飛な行動を起こしてしまうこともあるのではないでしょうか。現代人が抱えるフラストレーションの一つは、このように自分の正直な思いとの心理的ギャップに依るものではないか?とも思います。

受け「容れる(入れる)」のが難しそうなら、受け「止める」でもいいし、理解するが「頭で考えること」という解釈になるなら「感じる」でもOkです^^ 本当に言葉は多用なので、皆さんそれぞれ抵抗ない言葉に置き換えて戴ければと思いますが、このように思いや気持ちとは、現実の行動に移せる移せないが基準となってその重要性が左右されるものでは、決してありません。

正直な故に、忠実な故に、その思いとは、綺麗なものばかりではないと思います。
それは「一見」なだけで、汚いものなど実は何もありません。そして、ネガティブな意味合いを付けた気持ちの存在をそのまま感じて受け容れられたとき、自分という、オリジナルの存在の確かさを自分自身で実感できるのだと思います。そのネガティブな部分を受容できて「一つ」だからです。今までそしてそれが、自己肯定感、自尊心、自律心、安心、他者との関係改善へと導いてくれます。

一見綺麗なものではないかもしれないけれど、正直であれば、忠実であれば、それは「美しさ」。何故なら、尊い一つひとつの経験から生まれた気持ちだからです。だから、安心してご自分のペースで、受け止めて、受け容れていってみて下さいね^^ このようなプロセスのあと、自然に衝き動かされて、抵抗少なく行動に移せていた!ということが多くなってきますよ。



今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。

今日も皆さんのそのかけがえのない勇気が、大切な人に届く一日でありますように。





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joyce (ジョイス)

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人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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