心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

インナーチャイルドへの手紙

潜在意識にアクセスし出会うインナーチャイルド、内なる子供。
これは自分自身の子供時代であり、そして周囲の人物も、両親や兄弟、親戚やお友達など実在の人達がほとんど、(ほとんど・・・と書いたのは、潜在意識は分かりやすいイメージで伝えてくれる場合があるので、稀にそういうケースもある、ということです^^)そう、まごうことなきリアルな思い出です。

実際のセラピーで出会うこのインナーチャイルド、また当時の出来事。
これらも忘却の彼方のこと・・・というのがほとんどです。
でも、心から驚いてしまうくらいに、純粋に自分の心を抱きしめ、傷付きながらも一生懸命で、

注:子供は、大人の何気ない言葉にも傷つき、そしてそれを冗談と取れず、そのまま無意識に刻み込まれている場合もあります。当人には責任のない思い込み、ということも多いです。

かつ、またこれもびっくりするくらい親や周囲を見ており、懸命に気遣っていたという事実に気が付く方もいます。


ただ、悲しみ、健気さ、嬉しかったことなど、当時の気持ちに気付けたのは良かった、解放できたのも良かった、でも「一回だけでいい」・・・と再び避けてしまいたい方もおられるかもしれません。でも自然です。それくらいリアルな存在だし、何と言っても子供のエネルギーは強いですから。大人になるにつれて、体力だけでなく心の動きにも耐性は少なくなってきます。子供のエネルギーは純粋が故に、弱いことろを突くことが往々にあるので、それを予期しているのかもしれません。

でも再び避ける、または立ち入りたくないという、何か潜在的な恐れがあるということは、まだ気付いて欲しがっているインナーチャイルド、幼少期の自分の気持ちがあるのだと思われます。その場合は、引き続き何度かセッションを受けて頂くことも勿論有効ですが、できればインナーチャイルドに出会ってから時間があまり経過していない間に、その自分に対して手紙を書いてみることをお奨めします。

勇気凛々、スマイル、喜びのエネルギーで満ち溢れている自分(ワンダーチャイルド)に出会ったときも同じくです。ただいずれの場合でも、無理せずお気持ちに従って下さいね。


場合によっては、もう一度振り返ることは大変にキツイことかもしれません。

「○○ちゃん、今日は、私に会いに来てくれてありがとう」

一行も充分。
そして当時呼ばれていたお名前をご自身でもう一度呼んであげる。

紙とペンを用意すること。自分の手を使うこと。気持ちを文字に現すこと。
その行動すべてが、インナーチャイルド(ワンダーチャイルド含む)を思ってのこと。
ちゃんと、ちゃんと伝わっていきますよ。
あらたなギフト、手渡してくれるかもしれません。



今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

今日も皆さんのかけがえのない勇気が、大切な人に伝わる一日でありますように。


スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

youtube
1日1クリックお願いします
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ
最新記事
検索フォーム
ライブラリー
リンク ( Blog & HP)
このブログをリンクに追加する
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
ご訪問ありがとうございます
Recommended Books
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
心と身体
2654位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
メンタルヘルス
443位
アクセスランキングを見る>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。