心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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謹賀新年 初夢

新年明けましておめでとうございます。
皆様の御多幸を心よりお祈り申し上げます。そして、私たち一人ひとりが健やかであり、それぞれの幸せを喜び合い、分かち合える一年でありますように。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


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最近は夢を見ることが殆どなかったのですが、めずらしく年末年始にかけて連日夢を見ました。
そして今年の初夢は、ある漢字が、字として音として夢の中に現われました。

何度も夢の中、字として音としてフラッシュしたその漢字とは、「武」。

音としては普通に「タケ」、もしくは「タケシ」でした。

目覚めてすぐに、日本武尊様が御祀りされている近所の山科神社へ参拝しようと思い行って参りました(お正月休みで京都へ帰省中です)。

実は、この「武」という漢字、それぞれに内容は異なるものの、
ここ2、3年、私に多大な影響を与えてくれた方々数名の姓に含まれる漢字でもあります。

また昨年春にも参拝した山科神社、お宮参りの滋賀県大津市・建部大社ともに御祭神は日本「武」尊様であらせられること。このことからも、私は「武」「軍神」に少なからず御縁があるのだろうと、おぼろげに思う時はありました。しかしその一方で、私とはまったく真逆の性質であると、殆ど意識の範疇外であったことも確かでした。

2010年最初の投稿は、この印象的な夢から繋がって、思うこと感じることを書いていきます。
あらためて、何卒よろしくお願いします^^


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「武」
戦い、闘い、軍、兵士。

これらの言葉から連想するのは、真っ先に「戦争」、続いては、「憎しみ」「破壊」などの言葉であろうかと思います。そしてそれらは、殆どの人にとって、想像したくない状況や情景を呼び起こすものかもしれません。しかし今回のメッセージは間違いなくその方向性のものではない、と確信しています。

戦うこと、武士、兵士、もしくは指導者のこととも言えるかもしれません。

敵を負かすことでもあると同時に自国を護ること。愛する人や大切な何かを守ること。

そして、戦う者の資質として求められるのが「心身の鍛練と充実」。
肉体だけでない、精神だけでもない。
双方の機能が相乗し、かつ均衡が取れていること。
これが、世界のこれまでの歴史に於いて、特に知将、闘将、また一兵士にも求められていたことでした。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+


例えば古代ローマ時は、肉体の強靭さ、壮大さと美しさが善なるものとして賛美されていた時代でした。これを喩えると「分かり易さ」に行き着きはしないでしょうか。

もっと単純でいい。
自分の思うこと、感じること。心の中、魂からの叫び、身体の反応。もっとそのまま受け止めていい。
自分にとって良い結果のための答えを考えあぐねるだけでなく、そして答えが見つかってから動くのではなく。自分自身の内側に心を澄ますと、何らかの言葉や反応が待ってて、それらに従い行動せずとも静かに受け止めるだけで、変化というものは起こります。自分の心の有り様、周りの状況、不思議なカラクリですが起こっていきます。

そして、自由とは奔放、気まま勝手に生きることではなく、規定概念に収まっているから安心、ということでもなく「自らを由(よ)し」とすること。この自由さが自分の光(一灯)を生み出し、各自の人生を歩く原動力となり、それが真実の他者愛へと繋がっていくものと私は思いました。


また古代叡智を希求し、精神探求、芸術復興の運動であったルネサンス。
14世紀から15世紀にヨーロッパで盛期を迎えたこのウェーブ、今再び、世界のところどころで息吹を起こし始めているように感じます。もちろん日本でも。

1月16日(土)より上野公園内・東京都美術館で開催されるボルゲーゼ美術館展。

http://www.borghese2010.jp/outline.html

ルネサンス期を代表するイタリア人の画家、ラファエロ・サンティの『一角獣を抱く貴婦人』が目玉のようですが、この絵というより「ラファエロの絵」というだけで観る価値があります。当時のルネサンス、そして聖母子図を数多く手掛けたラファエロの優しさと慈愛のエネルギー、伝わってくるのではないかと思います^^



今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。

今日も皆さんのすべてが輝く一日でありますように。

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joyce (ジョイス)

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人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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