心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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静寂 ~ Silence of Grace

天を仰ぎ、叫ぼうとして声にならず
理不尽さに神に唾を吐いた。

そして逃げ場も、捨てた。

私を待っているのは、刑罰に違いない。
撒いた種は、刈り取らねばならないだろう。
それなのに、何故これほどに、
この身は安らかにその時を待てる。


自分を守るもの、全部脱いで。
身体の痛み。心の中に溜め続けた膿。
痛み止めはもう、なくていい。

今まで信じてきたもの全部
振り出しに戻ってもいい、と思えたとき。

今までこの手に積み重ねたもの
雫のように滑り落ちてもいい、と思えたとき。

訪れたのは、静寂。


どんな細い糸も震えることはない、無風の世界。
何一つの音さえ、この耳に響かず
どんな色も、この目に映らない。

でも、そこには
私の手を両手で包んでくれる人が、確かにいた。
何も言わず。


情熱を誇る赤い花。地を蹴るステップ、踊り子の汗。
喉を焼くアルコールの泡を飛ばし
人は、笑い歌い集う。

炎も喧騒も、強さの誇示も、
私には、
静寂に祈りを捧げる仮の姿に見える。

どれほど荒々しいくちづけを重ねても
近づけない。
何もない、静かで寂しい場所。

それは同時に、すべてを内包する
立ち去らない愛。
見捨てない愛。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+

大好きなフラメンコ。
来年こそは、習いにいきたいと思案中です。
(今も、そんなに観たり聴いたりしていませんが・・・でも大好き^^;)

フラメンコと言えば、
赤、情熱・・・と激しく燃えるようなイメージしかなかったけれど
もしかしたら、その激しさの中心は「静寂」なのかもしれない
と、最近思うようになりました。

何かに集中していて、
その神聖なる一点を中心に命が燃えているとき、
そこに在るのは「静寂」ではないでしょうか。


「静寂のフラメンコ」
「赤の静寂」

いつか、そんな踊りが踊れたらいいだろうなぁ。。。

a red passion flower


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。

今日も皆さんの全てが輝く一日でありますように。


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プロフィール

joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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