心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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意識と思考のバランス

久しぶりに今週は、胃が反り返るような日々でした(^^;
現在の仕事で、一年数回、恒例行事の業務があるのですが、これが毎度イヤでしてね~。特に今回は取引先海外メーカーが買収された直後で、新しい組織下での第1回目の作業。そしてインストラクションを読むと内容が今までと違う!かつ提出書類が2倍強増えてる!!

しかも、日程の案内と資料の送付は直前。いきなりコレはないでしょうと、私はこの時点で完全にイヤイヤモードに突入してしまい(笑)今まで以上に準備を怠りました。それが胃が反り返るような日々を呼んでしまったのですね^^;


「あ~、イヤだイヤだ」という強い思いが
「あ~、イヤだイヤだ」という出来事を創造した。

もう少し突っ込みましょう(笑)

「あ~、イヤだイヤだ」と準備を怠った→見たくなくて遠ざけた。

「見たくない、遠ざけたい」出来事を創造した。

そうなんです。なぜ胃が反り返るまでの緊張した日々を送ることとなったのか。実は今回、チェッカーとしてそのメーカーから人が派遣され(これも今回が初めて)、急遽その方のアテンドや移動手段アレンジもしなくてはならなくなり・・・。これ、私がかなり苦手とする業務なんです。できればしたくない、できるだけタッチしたくない、と常日頃思っている業務です(笑)。


また、この胃が反り返る思い。
胃が縮み上がって、食べ物を受け付けられないような感覚ですね。

では、私はどういう時にこの感覚になるのだろう?
胃がこういう状態になるとき、私は何を思っているのだろうか?
過去、胃がこのような状態になったのは、どんな時だった?

今回は準備不足だった自分に、非常に後ろめたさを感じましたので(笑)、ここは観念して、上記について出来るだけ客観的に事実を拾い上げてみました。そして今回の胃の反り返りは・・・

1.「どういう時に、胃が反り返るのだろう?その時の自分の思っていること」
→こんなの、私、出来ないし。ちょっと私には無理な仕事だよ。
→上手く出来なかったら、どうしよう。失敗したら、どうしよう。
→早く終わってくれ~(爆)

2.「今回、胃が反り返り始めたのは、いつだっただろう?」
→先方から「何をするか分かってますか?」と聞かれたとき!その時点では、資料に目を通している途中だった(イヤイヤモードで遠ざけていたので、すぐに着手しなかった。)
→準備していないの、バレタ!?厳しくチェックされたらどうしよう。上司に報告されたらどうしよう。

3.「今までもこういう時はあったけど、その時は?」
→こんなの無理!(1.と同様)
→時間が足りない。私一人では追いつかない。ちゃんとした形で発表できない。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

・・・・羅列していくと、腑に落ちることがポコポコありますね~。
準備していないのは私なのに、それを取り繕うためにアクセクする私、結果や周囲の反応をを心配する私。3.「私一人では追いつかない」とキリキリしているのに、助けを求めようとしていない私など。

あと、1.「早く終わってくれ~」も納得でした。今回もたくさんの方々に御協力頂いているのに、自分だけでガンバっているつもりになっている自分に気付きました(--;  この状況から早く抜け出したいと願っているだけで、皆さんがして下さっていることを受け流している自分(--;  ところどころ立ち止まって「ありがとう!」の気持ちを噛みしめたいと思いました。どこかで「自分一人でガンバっている」という気持ちがあるんですよね。根深いです、コレ(><)

今回最初に書いたように、自らの意識が「生み出す、創造する、引き寄せる」ということも真実だとも思います。しかし、それが全てだとも思っていません。世の中には理由が見つからないことも沢山ありますので・・・。そして、こうした意識・エネルギーの摂理や使い方だけでなく、あくまでも客観的事実、冷静な目線というのも大切なのだと思います。

このバランスの大切さは、先日受講した人間力養成講座から学ばせて頂きました。私はどちらかと言うと、感覚&視覚派で思考の部分は不得手、または避けていたのですが、この大切さは目から鱗でしたよ!後日、もう少し感想などアップできればと思いますが、今回の記事は私自身への忘備録としても書かせて頂きました。かなり私的な内容で申し訳ない気持ちもありますが、何かお役に立てれば嬉しく思います^^



今日も最後まで読んで下さってありがとうございます☆

今日も皆さんにとって楽しく健やかな一日でありますように。



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joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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