心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

続・石山寺 ~水、そして月と石

この記事から続きです。

多宝塔(国宝)です。
私は上手く撮れなかったので父から画像を拝借いたしました^^;これは日本最古の木造多宝塔で、中には大日如来様が安置されています。「多くの宝」・・・この名称が有り難く耳に響きます。そしてこの風景!これから葉が色づいてくるとますます絶景でしょうね♪

多宝塔の下、石山寺の名前の由来でもある天然記念物の珪灰石も見事でした。石のくぼみというくぼみに一円玉が挟み込まれていました。

Tahou-tower


心経堂です。花山法皇西國三十三所復興一千年記念行事の一環として建立されたお堂で、朱の色が目にも鮮やかです。

Shinkyou-dou


あと印象深い場所としては月見亭がありました。瀬田川を見下ろす高台からせり出すように建てられた月を愛でた場所です。その当時は当然ながら周囲に建物もなく、瀬田川と琵琶湖の上空に輝く月。そして静かな水面に落ち映る月。ただそれだけの贅沢な空間だったのだと想像します。この月見亭、ここで紫式部が月を見上げた!?と一瞬色めきましたが違いました。残念ながら^^;

この日のクライマックスは「石山寺と紫式部展」と7年ぶりに開扉された御本尊、如意輪観世音菩薩様へのお参り。この仏像様は聖武天皇の念持仏と伝えられています。聖武天皇は光明皇后と共に、国と民の平安のため奈良の東大寺大仏建立に執念を燃やした天皇です。その大仏建立のための黄金が不足しないようにと天皇の命で建てられたのがこの石山寺でした。ここは観音信仰の聖地と言われるだけあって、一帯の空気は驚くばかりのまろやかさと優しさ、慈愛に満ち溢れていました。

瀬田川の清流、多くの貴人と芸術人がこの地で愛でた月、そして大地からのエネルギーを汲み取った石。水、月、石という3つの異なるものがまるでジグソーパズルのように互いを引き寄せ、融合し、そして創造された何か・・・圧倒的な「静」のエネルギー。少し立ち止まってみたいときは、このような場所を訪れてみるのも良いかもしれませんね^^

また、水、月、石、これらは「銀」の要素を持ちます。前述の聖武天皇、「黄金」が不足しないようにと「銀」を持つ土地に寺の建立を命じたというのも興味深い話でした。如意輪観世音菩薩様がこの地から動かず、安置する御堂を建てたという話も聞きましたが、いずれにせよ、金を支えるのは銀、そして反対もまた然りということでしょうか。

仲秋の名月、10月3日を挟んで、10月2日~4日は「石山寺秋月祭」が催されます。月が月である純粋なエネルギーとそれを反射する水と石・・・さぞかし叙情的なひと時だと思います。ご都合つかれる方は是非出向かれてみて下さい^^ 近辺のお店で頂ける、しじみ御飯と鮎の佃煮も美味しいですよ!


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます☆

今日も皆さんのすべてが輝く一日でありますように。

スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

youtube
1日1クリックお願いします
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ
最新記事
検索フォーム
ライブラリー
リンク ( Blog & HP)
このブログをリンクに追加する
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
ご訪問ありがとうございます
Recommended Books
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
心と身体
2751位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
メンタルヘルス
432位
アクセスランキングを見る>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。