心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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続・ルーブル美術館 - 17世紀ヨーロッパ絵画 -

この記事からの続きになります^^

さて、数ある今回の展示絵画の中でも特に印象深かった3点を挙げたいと思います。美術鑑賞は久しぶりでしたが、やはり本やネット上で観るのと本物を鑑賞するのとでは違います。絵や画家の温度・・・を感じました。

『アンドロメダを救うペルセウス』
絵及び解説はこちらをご覧下さい。

こちらもギリシャ神話を題材にした絵です。海の化け鯨の生贄に差し出されたエチオピア王女のアンドロメダを救う勇者ペルセルスの物語。ペルセウスは、その姿を見た者を石に変えてしまうという鬼女メドゥーサを退治した帰路の途中、今にも化け鯨に襲われそうなアンドロメダを見つけます。そしてメドゥーサの首によって化け鯨を石に変え、アンドロメダを救出しました。そして二人は結婚します。

当時の画家の意図と一致している可能性は極めて低いように思いますが(^^;それでも様々なメタファーが散りばめられている絵だとな思いました。まずアンドロメダの肌色がすごいんです!!白、ピンク、おそらく黄色、赤、緑・・・たくさんの色を混ぜ合わせて極限まで「みずみずしさ」を表現した肌色でした。この色は他の絵の人物象の中でも突出していました。

そしてアンドロメダ、エチオピア国王女ということで本当は黒人だそうです。ペルセウス(白人)とアンドロメダ(黒人)の婚姻は、白と黒、光と影の統合とも取れます。またアンドロメダの肌色・・・若さとみずみずしさを極限まで強調した色使いは、まるで光の天使ルシファーを物語っているようです。

ルシファーは人間の精神性に働きかけ、魂を揺さぶり、個我に呼びかけます。自分自身を受け容れ不要なこだわりを手放し、停滞したものを流してゆきます。その結果戻るみずみずしさ。またその人を光に導くために、魂を揺さぶり心の闇を浮かび上がらせるのもルシファーのエネルギーです。

よってあまりにルシファー性が強くなると、神秘主義に入れ込んで現実世界との均衡が取れなくなったり、見せられた自分の闇を受け容れられず更に闇を濃くする場合もあります。これらをシンボライズしたのがアンドロメダの足元に転がる無数のドクロではなかろうかと。このように、アンドロメダ(≒ルシファー)を救出?というメッセージが込められた絵のように私は感じました。と言うのは、今、こうしたルシファー性エネルギーの必要を思うからです。

ユノに欺かれるイクシオン
絵及び解説はこちらをご覧下さい。

一方、ただ純粋に美しさと、現世の人間が憧れる神々の住まう楽園を描いたのがこの絵だと思いました。題材も構図も色使いもダークさが十分に盛り込まれているのですが、それでも天国を描いたと思われる右側の部分・・・救い、許しの明るい存在を残して、観る人に勇気や希望を与えける絵・・・この絵だけでなく、ルーベンスが一貫としてそういう方だったのかもしれません。『フランダースの犬』で主人公ネロが憧れ続け、精魂尽き果てたネロとパトラッシュがその前で永遠の眠りについたのが、ルーベンスの絵です。

ペテロの涙
絵及び解説はこちらをご覧下さい。

実物を見ると、マリマ様の泣き尽くし茫然とした表情が、血が通ったかのようなリアルさを持って観る側に迫ります。これには本当に驚きました。絵というのもの真髄を突きつけられたような思いです。それと共にわが子イエスが十字架にかけられ、悲しみも涙も、叫びも痛みも、感情の何もかもを感じ尽くしたアリア様の息使いさえも伝わってくるようでした。一方ペテロが流す涙はこの絵のタイトルなのに、私にはマリア様ほどその表情にリアルさが伝わってきませんでした。

この絵に描かれているように、気持ちを曝し出した人間くさいマリア様に私は非常に惹かれます。数々の聖母子図でのマリマ様は、その殆どが少しかしこまったような美しさ・・・まさに「聖なる」方として描かれていますが、素朴で、一人の母で、力強く、限りなくお優しい・・・これが私がお慕いしているマリア様なので、余計にこの絵に惹きつけられたのだと思います。


まるでルーベンスが描く天国を思わせる、とある日の夕方の空。
このプラチナ色の光に、人は何故、これほどまでに憧れるのでしょうか。

louvence cloud


今日も最後まで読んで下さりありがとうございました☆

今日も皆さんにとって、楽しく健やかな一日でありますように^^

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joyce (ジョイス)

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人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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