心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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木=人間

最近私は、漢字や英語から言葉の意味を読み解く遊びをしています。言語や文字には、先人達の知恵が詰め込まれていて、唸ることがたびたび。時として、私だけの「こじつけ解釈」であるかもしれません(^^;)。でも、時空を超えて先人達の英知を教えて頂いているような気持ちになります。

今日は「木」について書いてみます。
木は人間を表していると思うのです。
木は「十」に「人」が組み合わさって出来ています。

人が両手を広げて立っている様子が「十」、そしてそれを「人」が両脇から支えている。
それが「木」です。

まず人は一人では生きてゆけません。例え健康で、経済的に満たされていても、話す人が誰もいなければ、心がます先に死にます。そして身体的にも必ず影響が出ます。また、スーパーなどで気軽に買う食材やお惣菜も、誰かの手がかかっています。誰かが大地から育ててくれ、収穫してくれ、またはすぐに食べれるまで、誰かが手をかけてくれています。

一人でがんばっていると思っていても、誰かに支えられている。それが人間だと思います。
そして私たち一人一人も、きっと誰かを支えているのです。
また、木は大地に根を張ります。
大地にしっかりと根付き、木によっては果実を実らせ、花を咲かせ私たちを魅了し、大きな木は木陰を作り出し、私たちの憩いの場所となってくれます。また小動物達の住まいともなります。

木は、大地に根を張り、自分の役割で、誰かを何かを喜ばしています。
まさしく、「私たち人間」のようです。

「現在の私はどんな風だろう、どんな状態だろう。」と問いたくなるときは、木をイメージすると良いかもしれません。

「今、私という木は、どんな木だろう。」
「どんな木になりたいのだろう。」

木をイメージすることで、大地に根を張るアンカリング(結びつけ)も無意識にできると思いますよ。木は大地に根を張っているというアンカリングが人間の無意識にある、と言った方が正しいでしょうか。
「地に足を着ける」・・・とても大切なことですね。
私も足が弱いので、今日も木をイメージして行ってきます♪

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joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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