心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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天の川と白鳥座

光の担い手が、愛そのものと合一し、
白い翼の架け橋となる。

命の河の流れは、万色の色を育み、大海へと運ぶ。
天へ昇り、地を潤し、新たな命を生むために。


光の担い手が、愛そのものと合一し、
母と子は、再び一つとなる。

火と水。赤と白。太陽と月。
そして、水と金。
対岸に待ち続けた、引き裂かれた恋人たち。


光の担い手が、愛そのものと合一し、
その架け橋が、二人を呼び寄せる。

長い長い、忍耐の果て。
対極のものの和睦と和合。

そのとき日は、
霊(ひ)となり光(ひ)となり緋(ひ)となれば。

ソレイユ・ルボン、
日出る処の国。

これから、降り注ぐ光は白金の如く。
大地を貫く光は、黄金の如く。

霊・光・緋 出る処の国へ。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・++・+・+・+・+・+・+・+・


8月15日から、旧暦七夕を過ごしに、奈良・天河神社へ行って参ります。
昨年は行けなかったので、念願の天河です。

天の川銀河、そして、夏の大三角形。
これからの在りようについて、私たちへの教示が散りばめられた天空の宝石箱のように思います。

それでも今の自分を、ただただ精一杯、
この時間の一瞬一瞬。そしてこの時間の粒、一粒一粒に
自分を染み渡らせて、
たくさんの人と触れ合いつつ、理解しながら
ただ精一杯、生きて行ければいいなと思います。


今日も最後まで読んで、本当にありがとうございました。

今日も私たち一人ひとりが、喜びに満ち溢れる一日でありますように。


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理屈ではなく

こんなこと、思ったってどう仕様もない。
今更、気付いてどうなる。

行き場のない思い。
いつの間に、喜怒哀楽が損得に負けたんだろう。

ううん、それだけじゃない。
損得を計るより、もっと切実な叫びがそこにあったから。

思い出したくなかった。
忘れ去らないと、ここまで来れなかった。
そうして、
あなたは、生きる術を、あなたで創り上げてきたの。


あなたを守ってきたもの、剥ぎ取れないのは、
当然でしょう?

今までの階段の一歩一歩が、あなたの支えとなっているなら、
その過程で創り上げたもの、捨てたくないのは、
同然でしょう?


手放せば、入ってくるという言葉より、
手放したくないんだ、という素の気持ち。
もし、抱きしめることができるなら、
過ぎた時間が、今になる。
今この瞬間が、過去となり、未来への約束も変わってゆく。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+

自分が創り上げたもの、自分で築き上げたものに苦しんでいる。
これは、あると思うんです。

でも、じゃあ手放しなさい、とは簡単に出来ない。
大きな視点で見れば、手放すべきものであったとしても。

今朝のツィッターのつぶやきとは、矛盾しているのかな(笑)


でも、
この詩は、個人的な体験も少しあって、
剥ぎ取られた・・・手放さざるを得なくなった時に
これで新しいものが入ってくるとか(←どこまで頭で考えているんだ^^;)、最初は手放したことにある種の達成感を感じていたんですが、私の底の気持ちは、そんなに割り切れたものではなく・・・

「手放したくなかった、何があっても手放したくなかった」と
今更どうしようもないことに、素の気持ちで泣いたときに、
初めて、心が落ち着いたんですね。


西日本での大雨の災害、心よりお見舞い申し上げます。
関東地方は雨が少なく、つい忘れがちになりますが、自然の災害は脅威です。
被害に遭われた方々のお心が癒えていきますように。


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。
今日も皆さん一人ひとりが、優しさに包まれる一日でありますように。





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影という名の光

満月は何の疑いもなく、誰の目にも美しい。
けれど三日月を欠けていると思う人もいないだろう。

その形はまるでブランコのようで、子供たちの笑い声を誘う。
その形はまるで揺りかごのようで、深い眠りを捧げてくれる。


漆黒の空、その姿がどこにも映らない新月にさえ、
人は、願いを叶え給えと祈る。

黒いもの。へばりつくもの。遮るもの。
拭い去りたいもの。忘れ去りたいもの。

それも全部、影という名の光。
あなたの中の、暗闇という名の光。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+

自分自身の輝きに目を向けられず、今ここに留まれないとき。
現実を愛せず受け入れられず、辿り着きたい場所だけに意識が向くとき。

無理なく自分を包んでくれ、また優しく制止してくれるのは「自然」のように思います。
葉の重なり合う音が聴こえるとき、風の匂いが通り過ぎるとき、
私は、ただ、そこに佇みたくなります。


音も色も「織り成す」と言います。
混ざり合うからいいのではないでしょうか。
明るい色も、暗い色も。高い音も低い音も。

また、自然は永遠の生と死と再生のサイクルを描き、そのあるがままの姿でいるだけです。
私たちが宇宙の、自然の、大いなる源のの中の一つの存在であるなら、同じように太陽が沈み、再び昇り、花が散り、種が風に舞い、そして大地に根付き、存分に咲き誇る時があり、また散り行くというサイクルに沿っても不思議はないのだと思うのです。散り行くときもあるということを受け容れたら、それは、芽を抱き包む種の存在を創り出していることと同じことかもしれません。


gentle heart



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冬に咲く花 ~Blooming your infinity

氷柱の冷たさと美しさにも勝る、凛然の背中。
まるで、吹きすさぶ風、
その身だけで、受け止めるかのように。

でも、あなたは気付いていない。

春を待つ多くの蕾は、あなたに守られて
柔らかい眠りに遊び、

凍える大地は、あなたを支えることで
尊厳を感じて、両手を広げていることを。


どうか、その冷たい手を恥じないで。
私たちと同じ冷たさを忘れないようにと、
自分の手をそのままに
あなたは、暖を与え続けてくれた。

陽を信じない私にくれた、凍てつく氷の優しさ。
あなたが触れてくれたから、
私は、温度に気付けたの。


あなたから育った私の体温が
時を経て、誰かを介し、あなたへと戻ったら、
あなたは冬に咲く花となる。

目に見えない熱情に
あなたは永遠に守られて、
差し出すその手の暖かさと共に

あなたは冬に咲く花となる。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・++・+・+・+・+・+・+・+・+


今日思わず目についた上野東照宮の寒牡丹の広告。ここから久し振りに詩を創ってみました。

牡丹・・・私はなぜか椿とごっちゃになってしまうのですが^^;
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉もあって古くから愛でられていたお花ですね。日本の風情があって好きなお花なんですが、英語では"peony"・・・米国インディアナ州の州花であり、学名(ラテン語)では、"paeonia" ギリシャ神話に登場する「神々の医師」"paeon"に由来するそうです^^

さらに続けると、「百花の王」「富貴草」「花神」「王者」などの意味もあります。学名の"paeonia" は"pioneer(パイオニア、先駆者、草分け)"と発音が似ています。面白いですね~。


「冬に花」・・・なかなか連想しない組み合わせですが、実際お花は一年を通じて姿を現してくれ、冬の最中でも、色とりどりの花びらで私達をほわっと癒してくれるかのようです。このように、個性も様々、可能性も無限大なのだと、雪に映える寒牡丹が教えてくれたように思いました。


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素の自分

ありのまま。無防備。剥き出しの。

例えば、そんな自分の大きさを考えたとき、
それは、どんなんだろう?

「等身大の自分」って、よく聞く言葉。
だから、実際のあなたと同じくらいの身長なのかな?
それとも、ふわふわ、小さくて柔らかそうなのかな?


「素」

今度は、この言葉に置き換えてみよう。

似た意味でも、言葉が違えば変わるように思う。
奏でる音も、訴える思いも、違う。


そして「素」という漢字は、
土の下の糸って書く。

糸なんだ。
大きくなくて、その存在は頼りなくて。
もしかしたら、誰の目にも止まらないほど儚くて。

一生懸命探そうとしても、土と一緒に混ざってしまう。
シャベルで掘り起こしても、土と一緒に両脇に押しやられて、
いつまで経っても、見つけられない。
だから、やっぱりないんだ、なんて諦めて。

「ここにいるよ」という声。この耳に。
時には、この胸に、はっきりと聞こえてたのに。

そうか、糸だったんだね。
声が小さいから聞こえない、なんて勝手に思ってた。
もっと大きい声出せよ、って。
糸だって知らずに。

ごめんね。


素の自分。自分自身。
土の奥深く、眠っている糸。

注意深く、丁寧に、大切に、目を凝らしながら、
もう一度、何度でも、土の中から探してみる。

大丈夫。
絶対に、その両の手のひらに見つけられる。
あなたの気持ちは応えられる。あなただけの輝きに。
だから、見つけられないはずは、ないんだ。
そして、確実に、そこにいるもの。


信じてます。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+

「土の奥深く眠っている糸」が「素」なら、
簡単に見つからないのも自然なことだな、とふと思った次第です。

何回でも、何回でも、土の中を丁寧に丁寧に探していくものなんだろうなって。
そして、大切に大切に、取り扱うものなんだろうなって。

例えば失くしたものがあって、探しているとき。
探し尽くして、それでも出てこなくて、「いや、ここにはないだろ」って場所を探したときに「嘘、あったよ!! 」って経験はありませんか?

それと似てるかな~と思います。

「嘘~、私、実はこんなこと思ってるの!?」(例えば、すごくダークなこと)
「あぁ、もうどうしようもなく浅はか、だらしない」・・・などなど

そんな自分を認め受け容れていくと(できる範囲で、迷惑が掛からない範囲で、それらを実際にやってみるのもいいかもしれません!)ストンと自分の魂、本質、喩えるなら宝石のようなものに対面できる出来事や一瞬が、きっとあります。でも、またすぐに土に埋もれて見失ったりするんですよね。でも、それが自然でないかと思います。また注意深く丁寧に自分に接して、おのずといろんな経験が続いて、一段と輝きが増した魂、本質、宝石に、また出会って、また見失って。。。自分のマイナス(もしくは自分でマイナスだと思っている)を認めると、驚くほどプラスが輝きます。プラスとマイナスで一つ。一つとなった輝き、それが自己肯定感だと思います。



今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございます。

今日も皆さんのすべてが慈しまれている、そう感じれる一日でありますように。


プロフィール

joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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