心、魂、身体のこと。一人ひとりの無限の可能性、役割や命の輝き、素晴らしさを見つめていきたいと思います。皆さんのたくさんの願いが叶っていきますように。

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もういいだろう、後ろは

私にしては久しぶりに(笑)テンプレートやサイドパーツを変えてみました。時に(いや、多くは?)私の書く記事は長く重いので、バランスとして他はライトタッチがいいように思います。もしくは(これも時に)思い切り泥臭くしてみるとか・・・まぁ、自由にやっていきます^^

さて、サイドに貼っているお勧めの書籍、『ジョッキー』。
突如姿を消した先輩騎手の背を追い続け、そして乗り鞍にも中々恵まれないマイナー騎手のサクセスストーリーです。巡ってきたチャンス、もぎ取られた希望、苦々しく残る記憶、自らの信念とその解放。

なして競馬?と、違和感を感じた方もおられるかもしれませんが、私は折に触れこの本に励まされています。競馬に興味のない方にとって、中盤までのトレーニングセンターや厩舎事情などの部分は退屈かもしれませんが、特に後半部分、至る所に散りばめられた言葉はとても深く、私はどれだけ励まされてきたことか分かりません。

「信用を失い、憎まれ、自分は自分の手でオウショウサンデーを過去のパートナーにしてしまった。そればかりか敵にしてしまった(中略)それも含めて、受け入れるしかないのだ。過去とは決別するしかない。」

「・・・もう、いいだろう。後ろは。」
「見るんだ、前を!」


ここで書かれている「決別」は「切り捨てること」とは明らかに別のことだと思います。

「それも含めて、受け入れるしかない」
何と力強く腹に響く一言でしょうか。自分にOkを出す、自分を許す・・・これらと同意語、かもしれないなと思いました。よろしければ是非お手に取ってみて下さい^^ ラストは、主人公に降り注ぐ光のシャワーが目にも映るようです。


ジョッキー (集英社文庫)ジョッキー (集英社文庫)
(2005/01/20)
松樹 剛史

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今日も最後まで読んで下さって本当にありがとうございます。

今日も皆さんの一人ひとりが優しさに包まれる一日でありますように。





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知りたいのは真実

実は、去年の6月に突然にテレビが壊れてしまい、以後ずっとテレビなし生活なのです。今から思えば、これも必然としか思えないタイミングでした。再び多くの音楽と触れ合えるキッカケは、この突然のテレビの故障があってこそ、だったのです^^

結局マイケル・ジャクソンの『This is it』は2回観に行ったのですが、これも何とも不思議です。彼の突然の死によって、この本番さながらのリハーサル映像や、まごうことなきKingだった彼のパフォーマンスを、私達は目にすることが出来たのですよね・・・そう思うと、この巡り合せに、心よりの感謝を禁じ得ません。

決して大ファンという訳ではありませんででした。
でも彼の死後、『Heal the world』の存在を知り、理由も分からず、泣きながらこの曲を何度も何度も聴いている私がいました。そして今でも彼を思うとき、やはり涙腺がゆるむ。


そして今日購入したのは、この本です。

マイケル・ジャクソン全記録 1958-2009マイケル・ジャクソン全記録 1958-2009
(2009/11/10)
エイドリアン・グラント

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「世界で最も誤解されていた人でした」
とは、元ボディガードの方の言葉ですが、私達に手が伸ばすことが恐らく許されるとすれば、彼の人生の解説でも分析でもなく、それは事実を知ることだけではないかと思うのです。

起きた事・・・出来事に対し、意味付けをしたくなる時があります。
その、ありのままを客観、傍観せず(こう書くと冷たい響きがしないでもないですが^^;)または、その出来事を経験する上で湧いた感情に深く耳を傾けるでもなく、目的や意味を知りたくなる時があると思うのです。

どちらが大切、どちらが間違っていると言うには難しい問題ですが、出来事。現実に起きたこと。事実。それらに向かい合うことで見えてくるのが「真実」ではなかろうかと思います。決してマイケル・ジャクソンの真実を知ろう、ということではありません。そんなことは何よりおこがまし過ぎる。ただ恐らく・・・本当に恐らくですが、この本を読むことで、真実に向かうことの何かを感じ取れそうな、そんな予感がしています。これから読み続けていくのが楽しみなのです。


「知りたいのは真実」
この言葉を久し振りに思い出しました。実は、ずっと私が思っていたことでした。
世の中や社会は、隠されていることが多すぎるのではないか。何が真実なのか、多くの人は、それが知りたいのではないだろうか。

当時の私は、その「真実」とは、誰にとっても真実な「神聖な一つの何か」と信じていました。でも今は、人の数だけ、その人の真実があるに変化しています。そしてやはり、その真実とは、事実を受け取め続けることで、その何たるかを認識できるのかな、と思います。

「知りたいのは真実」
そう願い続けた私は、誰もが知りたいと望んでいるのかもしれない何か社会的に大きな秘密や、誰もが驚くような神秘に到達したわけでは勿論!ありません。ただ、自分にとっての真実、自分の真実という海を、緩やかに泳いでいるようなそんな気持ちは感じています。

「知りたいのは真実」結局のところ、私はこのことを願っていたのかもしれませんね^^



今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。

今日も皆さんにとって、すべてが優しさ包まれる一日でありますように。





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法則 ~ Rule or Principle ?

近年、自己啓発、ビジネス、メンタル分野において、この言葉がよく使われるようになってきました 「法則」。

「法則」は英語で、Law, Rule, Principle。

前者 2つには、 法律、規則や秩序、自然の摂理の意味があります。
後者1つは、自律した人間が持てる信条と言えます。
では、前者と後者の違いは何だと思われますか?日本語で言う「法則」が、この2つに分かれる境界線はどこでしょうか?私はこう考えました。

そこに意志があるか、ないか。

最近つとに思うことがあるんです。人間の意識の力は何て大きいのだろうと。
生み出すことが出来る。簡単に壊すことも出来る。誰かに対する思いも確実に届いています。目に見えないだけで、そして送り手と受け手が意識していないだけで。

ですから、人間の生きる道にこの「法則」を照らし合わせたとき、後者の解釈が正しいとばかり思っていました。しかし最近になって、ルドルフ・シュタイナーを読んでいく内に、この2つは「両輪」であると考え方が変わりました。

Rule or Principle ではなく、
Rule AND Principle ! !


自分の意識が現実を創り上げているという理論の元、潜在意識の活用法など様々な手法や考え方が世の中に出ています。しかし宇宙、自然、天上界の厳然たる摂理があり、人間の意識も上に書いたように、物事を動かす大きなうねりとなります。そして天上の介入や加護があるのも、また事実。全てが、人間が予測する通りに行くものではありません。どれだけ意志が強く、プロセスを完璧に踏襲していたとしても、ストップがかかる時はかかります。

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続・今、ここ~Now Here 

今、ここ。引き続き書いてみます。

今、ここ=Now Here, Nowhere という言葉のエネルギーによって、過去と未来に意識が引っ張られやすいのかもしれませんね^^; もしくは、一瞬を感じて生きることの大切さを教えるために、神様がNowhereとしての領域を作られたのでは?と今感じております(私に対してだけかしら><)。

今この一瞬を楽しむ・・・この「楽しむ」という言葉が私にとってはクセモノで、一種の強迫観念があったようです。「楽しめない私は、つまらない人間」という気持ちが奥底にありました。今でも全く無いわけではないですね^^; う~ん、つまらない人だと思われ、去られることへの恐怖心、不安が常にあったんですねぇ。

このようなとき、何が現実になるかというと、私の場合は「恐怖心や不安感」ですね。心の奥底にある思いが現実になるからです。劣等感を感じさせる出会いや、自分を尊重してくれない相手との出会い(恋愛だけでなく、友人、職場など)が引き寄せられますから、また状況を好転させるために、がんばって楽しんで、また・・・を繰り返していました。

途中が長くなりましたが、完全に、私の意識は、未来に起きることの恐怖と不安で一杯で、今ここ、の時点は完全に真っ白状態。まさしく、Nowhere!

今ここに、いるだけで満足・・・そんな状態はどうやって?と、グルグルしていた時に(最近です)出会ったのがこの本です。友人から借りたアミ 小さな宇宙人がきっかけで、同じ著者ということで読んでみました。

ツインソウル―なんのために双子の魂はめぐり逢うのか (5次元文庫)ツインソウル―なんのために双子の魂はめぐり逢うのか (5次元文庫)
(2008/01/10)
エンリケ バリオス

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光と影の法則

プラスとマイナス、善と悪、喜びと悲しみ、そして光と影。すべては表裏一体であり、良いことばかりも、悪いことばかりでもない。この対極にあるもの、それはすべてセットであるということ。この記事を書いた辺りから、それを強く感じるようになりました。

自分をプラスだけで埋めなくてもいい。
光だけを追いかけなくてもいい。

プラスで埋めようとすればマイナスも一緒に埋まってくる。光を追い求めれば、それを際立たせるために影も大きくなる。みんなセットなんだって。

そう思えたことは、私にとっては大きな慰めでした。ずっと光だけを追い求めてヘトヘトになっていたからです(爆)そしていつまで経っても影が無くならない!と、さらに光を求めて、さらにフラフラに^^;; 

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プロフィール

joyce (ジョイス)

Author:joyce (ジョイス)
人間が生きる、、もっとも自然な姿とはどういうことなのだろう・・・と考え続けています。

私たちは大宇宙、大自然が紡ぐ生の営みの一つ。元来、全てに調和し、生かされている存在。

自身の人生を切り開く力を備えている一方で、数々の恩恵や成長の機会を受け取ることも出来る存在です。

自分の価値を知り、人生を肯定できるよう、皆さんの内にあるストレングス(強さや資質、天分)と弱さ・・光と影ををご一緒に見つめていきましょう。そう、見つめ、慈しむだけで良いのです。そこに価値を置く必要もなく、そこを生きる頼りにしなくても。

知るだけで、そして、湧き出る感情を感じるだけで。これは、とても自主的な行為です。

今を生きる中で感じる義務や、悲しみ、憤り、責任や使命を手放して尚、一人一人の存在は、ただそれだけで静かに輝いています。それでも運ばれていき、体験を余儀なくされることには、私たちは恐らく抗いません(葛藤がありません)。

補足すると、義務や悲しみに「仕立てた」想念が身体や心に残っています。悲しいけど、その方が楽など、自分が手放さないのです。手放しとはその部分、その範疇をいいます。やはり、それぞれに、すべきことは厳然としてある筈です。

そしてその先へ。癒しのその先へ。
自分を表現していきましょう。勝手に表現されていくことにもOKを出しましょう。
私たちは潜在意識が殆どを占める生き物です。認識しない意図があっても当然で、それを信頼することにより、自ら決定することとの相乗で、次のステージへと運ばれていきます。でも、これは違う!?と思ってもいいのです。

表現とは、この現実世界に自分の存在をさらけ出し、他者や社会による知覚、分析や評価の対象となることです。もちろんそこには、賛辞や好意も含みます。自分の殻の中で、自己満足で終わることとは異なります。

(実際的なアーティストになろう!でなく、恐れず全身で自分でいよう!というのが近いです。ただ、さじ加減は必要ですね。爆発的に、暴力的に、自分を押し付けるのはまた違うので。でも失敗を恐れずに!)

他者や社会に自分を開くと、予期しないことも、より起こっていくでしょう。喜び、神秘、驚き、楽しさ、悲しみ、厳しさも、より体験するでしょう。でも、自らの感情や記憶に左右されず、怖れとプライドを手放して、これらの感動に、可能な限りオープンでありたいものです。

尽きることない、呆れるほど豊かな学びがそこにあります。例え今世が、十字架を背負い続ける人生であったとしても。。

それが愛=天意(あい)で、生かされし魂として、神聖なる計画に沿うことじゃないかと思います。でも、真に大切なのは、私たちはどのようにも選んでいいのです。自分で考え、決め、その自覚を持つこと、人のせいにしないことです。

今日は、ご訪問ありがとうございます。お時間ありましたら、ゆっくり遊んで行って下さいね^^

どこまでも自分に正直に忠実に。
Be dutiful
それがその人だけが持つ美しさと輝き・・・Beautiful 

京都府京都市在住
1968年12月12日生

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